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東京地方裁判所 昭和31年(行)78号 判決 1957年2月28日

原告 種田導雄

被告 大蔵大臣 外一名

主文

原告の被告大蔵大臣に対する訴を却下する。

原告の被告若狭虎蔵に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告は「一、被告大蔵大臣が別紙目録記載の土地を被告若狭虎蔵に払い下げた処分は、これを取り消す。二、被告若狭虎蔵は別紙目録記載の土地につき東京法務局渋谷出張所昭和二十六年六月二十一日受附第一二九九四号をもつて同被告のためになされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。三、訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

別紙目録記載の土地はもと訴外萩原権一郎が所有していたが、昭和二十三年二月二十七日物納許可により国有に帰し、被告大蔵大臣がこれを管理していたところ、同被告はこれを被告若狭虎蔵に払い下げ、東京法務局渋谷出張所昭和二十六年六月二十一日受附第一二九九四号をもつて所有権移転登記を経た。

前記訴外萩原権一郎は本件土地を訴外野口伝八に賃貸していたが、右野口は昭和二十三年六月三日その借地権を訴外米野浩与に金三万五千円で譲渡し、米野はその地上に二十四坪五合の工場を建て、被告若狭が代表取締役であつた日研セメント工業株式会社名義でこれを使用していたが、右会社は昭和二十四年九月三十日解散したので、米野は昭和二十五年三月工場建物の所有権及び本件土地の借地権を訴外上原織衛に譲渡した。同人は右建物をクリーニング工場として営業し、同年八月建物について所有権保存登記手続を了し、昭和二十六年二月、右建物所有権、営業権及び借地権を原告に譲渡し、原告は同時に右建物につき所有権移転請求権保全の仮登記手続をなした。

ところがこれよりさき昭和二十四年十月六日、前記訴外野口伝八は本件借地権譲渡代金領収書を錯誤により被告若狭宛に作成して同被告に交付したので、同被告はこれを奇貨とし、昭和二十五年一月被告大蔵大臣に対し自己が借地権の譲渡を受けたかのように装つて右領収書を提示し、右領収書を真実の権利関係を記載したものと誤信した被告大蔵大臣は、被告若狭に対し同被告を借地権者として前記のとおり本件土地を払い下げたものである。

従つて本件払下処分は無効な領収書を証拠としてなしたものであつて、明らかに正当権利者の利益を不当に侵害する違法なものであるから、取り消されるべきであり、被告若狭の為めになされた前記所有権移転登記も抹消されるべきである。

二、被告大蔵大臣指定代理人は「原告の被告大蔵大臣に対する訴を却下する。原告と被告大蔵大臣との間に生じた訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、原告は、被告大蔵大臣がなした本件土地の被告若狭に対する払下の取消を訴求するが、本件土地は普通財産に属し、その払下は行政処分ではなく、私法上の売買契約であるから、右払下の取消を行政訴訟として訴求する本件訴は訴訟要件を欠く不適法なものであり却下されるべきである、と陳述した。

三、被告若狭訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告の主張事実中、別紙目録記載の土地はもと訴外萩原権一郎が所有していたが昭和二十三年二月二十七日物納されて被告大蔵大臣が管理するに至つたこと、被告若狭が被告大蔵大臣に対し昭和二十五年一月本件土地の払下を申請し、昭和二十六年六月二十一日所有権移転登記を受けたこと、被告若狭が日研セメント工業株式会社の代表取締役であつたこと、同会社が原告主張の日時に解散したこと及び被告若狭が訴外野口伝八から昭和二十四年十月六日本件土地の借地権譲渡代金領収書の交付を受けたことは、いずれも認めるが、その他の事実は全部否認する。本件土地の払下許可がなされたのは昭和二十五年三月九日である。又被告若狭は訴外野口伝八から昭和二十四年十月六日本件土地の借地権を代金三万五千円で譲り受けたものであると陳述した。

理由

一、原告の被告大蔵大臣に対する訴について。

原告は被告大蔵大臣が物納財産たる別紙目録記載の土地を被告若狭虎蔵に払い下げた行為の取消を訴求するのであるが、原告の主張によれば本件土地は昭和二十三年二月二十七日物納許可になつたものであり、以後私人の営業の用に供する建物の敷地として使用されていたというのであるから、右物納が戦時補償特別措置法、財産税法又は相続税法等の何れによつたものであるにせよ、本件土地は国有財産法第三条第三項にいう普通財産に属することが明らかであり、従つて被告大蔵大臣は同法第六条及び第二〇条の規定によりこれを売り払うことができるものである。

ところで普通財産の売払は通常の場合私法上の売買と解すべきであり、特に物納財産の売払については、前記各法律が物納による税の納付を認めた理由を考えてみると、納税者が現金を保有しないがそれ以外の財産を有する場合に、これらの財産を納付して金銭による税の納付に代えさせ、もつて納税者の納税義務の履行を容易にさせることにあると解し得るから、物納された財産は国においてこれを換価して歳入に充てることを唯一の目的として存在するものと言うことができ、このことは、財産税等収入金特別会計法(昭和二十一年法律第五三号―昭和二十六年度限り廃止)が、財産税法及び戦時補償特別措置法に基く収入金に関する会計を特別会計として(第一条第一項)、これらの法律に基く物納財産等を右の特別会計の所属とし(同条第二項)、物納財産等から生ずる収入金及び物納財産等の処分による収入金その他をもつて歳入となし(第二条第一項)、右特別会計の歳入歳出予算には、物納財産等の処分予定表を添附すべきこととしていた(第七条第二項)ことによつても明らかである。従つて大蔵大臣のなす物納財産売払行為は、単に代金を得て国の歳入に充てることのみを目的とするものであり、物納財産を売り払つた後においてその管理処分につき監督する必要は全くないのであるから、かかる支払行為は国がその優越的地位に基いて私人に対し公権力を発動するものではなく、国が買受人と全く同等の立場においてなす私法上の売買契約にほかならない。前記売払行為が行政処分であると誤解してその取消を請求する本件訴は、既にこの点において不適法と言うべきである。

二、被告若狭虎蔵に対する請求について。

原告は被告若狭に対し、本件土地払下が違法であることを理由として所有権移転登記の抹消登記手続をなすべきことを訴求するが原告は本件土地につき借地権を主張するのみであつて、借地権者が借地権に基いて第三者に対し土地所有権移転登記抹消登記手続請求権を有する謂われはなく、他に右請求権を有する根拠についての主張も見当らないから、被告若狭に対する本訴請求はその主張自体において理由のないことが明らかである。

三、結論

よつて、被告大蔵大臣に対する本件訴は不適法であるからこれを却下すべく、被告若狭に対する原告の請求は理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用は民事訴訟法第八九条により敗訴当事者である原告に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 大和勇美)

(別紙省略)

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